東京高等裁判所 昭和30年(う)922号 判決 1955年7月25日
控訴人 被告人 岩崎菊三郎
弁護人 浅見隆平
新潟地方検察庁三条支部検事 吉積春雄
検察官 八木新治
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六月に処する。
原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
被告人の本件控訴を棄却する。
理由
検察官の本件控訴趣意は新潟地方検察庁三条支部検察官検事吉積春雄作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり 又被告人の控訴趣意は弁護人浅見隆平作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから夫々これを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。
弁護人の論旨第一、二点について
所論に鑑み記録を調査するに本件被害者佐藤茂徳は昭和十八年以降日本国有鉄道信越線東三条駅に勤務し、本件発生当時は同駅改札掛として常時勤務していた者であつて日本国有鉄道法第二十六条第一項にいわゆる日本国有鉄道の職員であること従つて右改札掛である同人は日本国有鉄道の職員として公務に従事する者とみなされることは同法第三十四条第一項の規定に照し明らかなるところであるから右佐藤茂徳が改札掛としてなす業務は刑法第九十五条(公務執行妨害)に規定する公務に該当すること多言を要しない。然り而して公務執行妨害罪の成立には公務に従事する者に対し故意にその職務執行を妨害すべき暴行脅迫を加うるをもつて足りその結果の発生を必要とするものではない。原判決の挙示する証拠を綜合すれば原判示事実は犯意の点を含め優に肯認することができるから本件被告人の所為は正に公務執行妨害罪をもつて論ずべきこと当然である。なお被告人も本件被害者佐藤茂徳から反撃されておるというが如きことは、原判決の認めないところであるばかりでなく、本件公務執行妨害罪の成立には何等関係するところがないものである。その他記録を精査するも、原判決には何等事実誤認等の廉あるを見ない。即ち論旨はいずれも理由がない。
同論旨第三点について
記録に徴すると原判示佐藤茂徳は被告人より無切符の申告を受けたのでその乗車駅を尋ねたところ或は長岡駅といい或は三条駅というので右両駅に照会したが被告人の言い分を裏付ける回答がなかつたので、右佐藤茂徳は規定に従い職務上被告人に対し始発駅である上野駅からの料金を請求したのに対し被告人は矢庭に右佐藤茂徳に対し原判示暴行を加えたものであることが認められ、右佐藤茂徳の被告人に対する態度に所論のような不都合の点あるを見ない。なお当時被告人が多少酒気を帯びていたことは否定し得ないが、これがため精神に障礙を来たし心神喪失乃至心神耗弱状態にあつたものとは記録上到底認めることができない。その他記録を精査するも被告人に対し本件犯罪の不成立乃至刑の減軽を認むべき事由は存しない。論旨はいずれも採用することができない。以上説示するとおり弁護人の論旨第一乃至第三点はすべて理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り被告人の本件控訴を棄却することとする。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 大塚今比古 判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉)
弁護人浅見隆平の控訴趣意
第一点原判決は罪となるべき事実として「被告人は……矢庭に右佐藤の顔面を殴打して暴行を加え以て同人の公務の執行を妨害したものである」と述べてをる。然れども原審証人佐藤茂徳は「被告人の言葉はどんなだつたか」との弁護人の問に対し「言葉は非常にあらく馬鹿野郎扱でありました然しお客様でありますから相手にならなかつたのであります」と述べ(記録二七丁)原審証人井田忠之は裁判官の「被告人は駅員の何処を殴つたか」の問に対し「駅員の右顔面を殴つたのです然し駅員の人も殴られた後被告人の顔を殴りました」と陳述し(記録三三丁)敢へて公務の執行を妨害したことは述べてをらないのである。ただ原審証人堀内勇吾、長谷川清次は被告人を逮捕した警察官であるが弁護人の如何なる公務の執行を妨害したかの問に対し被告人が開札口に立ちはだかつて二三人の乗客が一寸つかえた程度であるそれが公務執行妨害であると証言してをるに過ぎない即ち被告人は佐藤の顔面を殴打したに過ぎないので決して公務執行妨害はやつてをらないのである。のみならず被告人も反撃せられてをるのである。原審警察官の証言の如くであれば混雑の際は総ての乗客は公務執行妨害をやることになる。
第二点弁護人は原審で被告者佐藤茂徳の職務は公務でないと主張したのであるが原判決は被害者佐藤茂徳は日本国有鉄道の従業員としての職員でありその職員は日本国有鉄道法第三十四条第一項の規定により法令により公務に従事するものとみなされるから佐藤の職務が公務であると判示したのである然れども日本国有鉄道法の右の規定は単に国有鉄道の従業員としての職員の身分を主観的に規定したものであつて右職員の業務が客観的に公務であるかどうかを定めてはをらない。寧ろ規定の体裁の上からは右の業務は公務でないと見るのが至当の解釈であると信ずる。此の点経済関係罰則の整備に関する法律第一条とは規定の体裁を異にしてをるのである従つて原判決は破毀さるべきであると信ずる。
(その他の控訴趣意を省略する。)